農業プラスアルファの経営のあり方

a0002_002559農家のイメージと多角化経営の歴史

農家のイメージとは、農業のみ行っていると言う考え方が広く行き渡っています。 確かに農家とは、米・野菜・果物・畜産物を育て、そこから生計を立てています。 ですが、それは自然が相手の仕事になる為、天候や病害虫の発生等のリスクが付きまといます。 そこで農家は、農業以外、あるいは農業を行っていく上で発生した副産物を所得の一つにしたのです。 その事業内容は様々ですが、冬場の炭焼き、狩猟、蚕の生育から絹織物の生産、和紙の原料となるコウゾ・ミツマタの生産から和紙の製造などが有ります。 その他にも、島根県の東部である出雲地方では、日本刀、包丁、鍬、鎌などの原材料となる玉鋼の生産にも携わっていたのです。 出雲地方の農家の方々は、稲の収穫が終わった秋から冬場にかけて山に入り、山の木を切り、炭を焼き、山を切り崩しては土砂を流して砂鉄を採取していったのです。 湿気の少ない冬場の気候は、「たたら製鉄」と呼ばれる製鉄が出来る時期で、多くの農家の方々にとっても貴重な雇用の場にもなっていたのです。 この様に、日本各地には、その地域の気候風土に合わせた独特の伝統産業が農家の人達の雇用の場となり、その技術が育まれていったのです。

時代は変わっても

どんなに時代が変わっても、農業の経営が厳しいのは言うまでも無く、その様な状態が長期化していった為に、若者の農業離れが深刻になり、日本の農業の衰退にもつながって行ったのです。 農業を難しく考えるのではなく、もっと気楽に行い、その一方で農業を行っていると言う理念は忘れずに、様々な分野で職に就くと言う選択肢もあるのです。 そこには、兼業農家と呼ばれるサラリーマン農家もあれば、不動産を経営したり、インターネットで様々な分野の事業を経営したりするなど、従来の農家と言うイメージの枠を越えた様々な方法があるのです。 そして、農業に対するその柔軟な発想こそが若者を惹きつける新たな農業にもなって行くのです。