多くの人が憧れる北海道の牧場ライフ。その成功の秘訣と実態、目指す方法についてインタビュー!

profile

名前
山口 高弘・未久里
出身
高弘さん:熊本県
未久里さん:北海道天塩郡幌延町
年齢
28歳(2021年取材時)

 

「北海道の景色を想像してください。」

皆さんはどのような景色を思い浮かべるだろうか。富良野の大地、ゲレンデの雪景色、絢爛豪華・すすきの・・・他にも数え切れない魅力が満載の北海道だが、筆者は地平線まで伸びる広大な草原を歩く白黒柄の牛たちを想像する。(仕事の影響?)

 

今回インタビューをおこなった山口高弘さんも、最初は北海道に対して似たような漠然とした思いを抱き、憧れている1人だった。しかしその後、月日は流れ巡り巡って新規就農。2017年に自ら牧場を設立し、酪農家としての人生を歩んでいる。

 

あぐりナビをご覧になっている方々には、「農業って良いよね。自然に囲まれて自分のペースで生活したいな!」といった、のんびりスタイルのイメージをお持ちの方、そして「自分の力で農業界で一旗揚げたい!」という強かな目標を持っている方も多くいる。山口さんは、このどちらの境遇も通った上で、どちらの思いも実現した新規就農者だ。このインタビューの内容が、そういった思いを抱く方々のライフプランにおけるヒントとして、少しでも参考になれば幸いである。

北海道で牧場経営。憧れが現実になるまでの軌跡

山口高弘さんは、現住所とは完全に真逆の九州・熊本県で、酪農家の息子として生まれ育った。農業・畜産業が盛んな熊本県。実家には土地と牛舎があり乳牛もいて、十分に整った環境だ。当然そのまま家業を継いでいく選択肢もあったが、幼少期の頃から「酪農や農業を学ぶなら北海道だろう!」という漠然としたイメージを持っており、留学を決意。父親からも「酪農の道に進むなら北海道で学んできなさい」と背中を押され、専門学校への進学が決定した。

 

北海道の専門学校では、現在の奥様である未久里さんと同級生として出会うことになる。未久里さんも北海道・幌延町で酪農家の娘として生まれ育っており、同じ境遇である2人は親交を深め、後に結婚にまで至る。学校の卒業後、高弘さんは「酪農ヘルパー(※)」として北海道・鹿追町(十勝地方)で実務経験を積んだ。本来の予定では一定の実務を経験した後は熊本へ帰郷し家業を継ぐ予定でいたが、この頃には既に北海道への移住を考えていたという。「北海道は酪農業への考え方、細かい技術的なところ、規模とか、どれをとっても圧倒的な迫力を持っていて、価値観がすっかり変わって魅了されました。」と、当時を思い返す高弘さん。そして幌延町の未久里さんの実家近辺で離農物件があることを知り、2人で新規就農者として牧場を立ち上げることを決意。高弘さんは幌延町の酪農研修生として1年間の研修をおこない、未久里さんも酪農ヘルパーとして働き実務経験を積むことに。昔から漠然と抱いていた北海道への思いが、具体的な夢となって走り出した。

 

※「酪農ヘルパー」
酪農家が休暇を取る際など、代わりに牧場へ出向し牛や牛舎の管理全般をおこなう仕事。2021年時点において全国に260以上の組合が存在しており、担当地域内の数十~数百の牧場を担当することもある。

幌延町の新規就農支援体制

一言で言ってしまうと、農業を始めるにはお金が必要だ。小銭とスマホでも持っていれば株式会社を創設できる現代だが、農業においてはそうはいかない。土地は?設備は?農具は?機械は?種苗や動物は?権利は?・・・特に畜産業は最低限準備しないと話にならないので大変だ。

 

酪農業が基幹産業の1つでもある北海道では、多くの市町村やJAグループが新規就農者への支援をおこなっているが、幌延町の支援は特に手厚い。筆者も今回のインタビューを通して充実ぶりに驚いた部分が多く、山口夫妻が新規就農した際に活用した制度も含めて一部を紹介したい。

 

◇農業次世代人材投資資金(経営開始型)
新規就農される方に、農業経営を始めてから経営が安定するまで最長5年間のうち、経営開始1~3年目は年間150万円、経営開始4~5年目は年間120万円を定額交付される制度。条件等もあるため、詳細は農林水産省のホームページでご確認ください。

出典:農林水産省Webサイト
https://www.maff.go.jp/j/new_farmer/n_syunou/roudou.html

 

◇新規就農経営自立安定補助金(条件等もあるため、詳細は幌延町のホームページでご確認ください)
・農用地等の取得に対して、借入額の5分の1以内、最大1,000万円の補助
・農用地等の固定資産税相当額の全額補助(5年間)
・機械等のリースに対して200万円/年の補助(5年間)
・農地の借入金の利息に対する補助(5年間)
・1頭の購入あたり20万円の補助(幌延町酪農担い手育成センター)

出典:幌延町役場Webサイト
https://www.town.horonobe.lg.jp/www4/section/sangyo/le009f0000007pw2.html

こだわりの酪農を楽しむ

ついに酪農家として新規就農を実現させた山口夫妻。この牧場において最大の特徴は、68haという広大な敷地を活かした牛の放牧を実践していることである。土地選びの際に条件が満たせそうな所で探し当てれば、新規就農時から早速放牧をおこなうことも可能らしい。始めた当初は牛舎からの出し入れだけで1時間程かかってしまう等の苦労もあったが、むしろ牧草を食べるので餌やりが楽で、当然放牧のメリットである牛のストレス軽減や病気予防にも繋がるのでとても気に入っているとのことだ。知識が浅い筆者は勝手に放牧=広い土地が必要=一定規模以上の企業でないと不可能。と考えていたので、目からウロコだった。

 

牛舎は清潔にすることを心がけている。以前酪農ヘルパー時代に訪れた牧場でスリッパを履いて搾乳をしている光景を目の当たりにしたことがあり、これが笑えるくらいに衝撃的な経験だった。そのくらいテキト~に歩けてしまうような綺麗な牛舎づくりを目指すきっかけになったという。

 

また、自ら飼料づくりにも取り組んでいる。こちらは熊本の実家時代から続く乳牛の扱いに比べると経験が浅く、今も試行錯誤を続けている最中の模様。2021年は好天に恵まれ収穫作業が休みなく続いた。夜な夜な作業に追われ5日ほどまともに寝ない日が続いたこともあったという。しかしそのような苦労の末、良い飼料が完成した際の喜びは一段と大きいとも話してくれた。

 

高弘さんのように、不慣れなことへのチャレンジや未知との遭遇、自分の信念に対していかにやりがいを持って楽しめるか。これは新規就農に限った話ではないが、一社会人が挫折せずに仕事を長く続けていくためにはとても重要なファクターになる。農業経営は自然的条件や土地条件、経営条件により制約を受けることも多いが、その中でどのような牧場を作っていきどんな酪農家になるかを考えて実行していくための裁量は、牧場主にある。誰かの指示に従うのではなく、自分で考え楽しい人生を作り出していけることこそが新規就農の魅力であり、幌延町で酪農家になった高弘さんからは存分にこの喜びが伝わってきた。

場数によって支えられる自信

「酪農には正解がないことがわかりました。」と話す高弘さん。十勝での酪農ヘルパー時代に100件以上の牧場を訪れ、何千頭もの牛たちの世話をしてきた経験からの言葉だから深みがある。続けて、「農家は個性やこだわりがあって、本当はそれぞれ状況が違うのに意見が主観的になってしまうため、経験則で語りやすい。なので最近は飼料会社の人とか、第三者にデータをもらったりした上で自分で正解を判断しています。」とも教えてくれた。確かにデータ蓄積~ナレッジ共有に課題があるとされて久しい農業。データに基づいた客観的な意見を取り入れることは、成長に向けての一つの策であろう。

 

酪農ヘルパー時代に良し悪しにたくさん触れることができたことは確実に今に活きており、多くの酪農家から"良いとこ取り"をできるのがヘルパーとして経験を積む最大のメリットだと話す高弘さん。先述の放牧や設備管理、飼料づくりのこと等、これらもすべて高弘さんなりに経験から導き出した最新の回答だ。ビジネスなのだから結論が必要なタイミングは必ず来る。そこで極力迷わずにいられるように自分なりの解を持った上で新規就農者になることは、先々の方向性や計画を定める上でもとても大切なことである。

新規就農の魅力を堪能!

インタビューを通して、高弘さんは良い意味でマイペースな人だと感じた。芯が通っている。今後の規模の拡大計画は?と少し無茶な質問もしたが、「考えていないですね。常に健康で良質な牛を育てて60頭(の乳)を搾り続けます。忙しさと収入面のバランス的に一番安定しますね。」と、地に足がついたとても頼もしい答えが帰ってきた。自分の信念を強く持って進むことができる、まさに新規就農の醍醐味である。

 

それでは今は何がやりがいで楽しいのか?尋ねてみると、「もうすぐ4歳になる娘が、最近すごくハッキリ言葉も喋るようになって。牧場で遊んだりしている時は本当にやってて良かったと思います。農家は時間の使い方が自由なので、昼間に1人でも家族と一緒でもゆっくりリラックスできるし、もう自分はサラリーマンは絶対無理ですね(笑)」と、『THE・北海道牧場ライフの魅力』とも言えるような回答が返ってきた。四六時中PCやスマホ画面を眺め続け、息子の顔は見ることができない日もある筆者。一長一短で善悪や優劣は存在しない領域だが、とはいえなかなか刺さるものがある。

就農に迷っている方へのアドバイス

紆余曲折を経て見事な城を築いた山口夫妻。あぐりナビを見ている方の中には独立就農に関心を持つ方も多くいらっしゃることを伝え、インタビューの締め括りに酪農業や北海道での就農を目指す方へのアドバイスをいただいた。

 

「農業は全くの未経験だったり知識がない人の方が、もしかしたら成功できるかも?と思っています。自分は実家も酪農をやっていて、半端に知っている状態でした。そのせいでもう理解しているという思い込みがあったり固定概念があって、実際には全然違ったり余計に考えすぎたりして苦労しました。未経験の方が色々素直に吸収できて良いと思います。それと、北海道で独立の前に経験を積みたい人は酪農ヘルパーになるのも良いと思います。たくさんの牧場を見ることができるので勉強になりますし、実務経験になります。私は十勝の方でヘルパーをしていましたが、やっぱり国内でもトップレベルで酪農に力が入っている地域なので、農家さんもヘルパー組合員も仕事に対してかなり厳しくてストイックです。本当に厳しいけど、技術も考え方も本当にすごい所が多いので、学ぶ所としては良いですよ。」

農業への関わり方・北海道への関わり方

山口夫妻が牧場を設立した北海道・幌延町。道内の北方に位置し、面積の約15%にあたる8,868haを農地が占める。合計7,800頭の乳牛が年間3万6千トンもの生乳を生産しており、広大な牧草地帯を活かした放牧型酪農が盛んな地域である。基幹産業として町全体で酪農振興に取り組んでおり、先述の充実した新規就農者への支援制度も、その現れである。

 

さらに幌延町では、常に農業研修生の受け入れもおこなっている。高弘さんも牧場の開業前に1年間研修生として学んでおり、この間は単身者で月額20万円、同居の配偶者がいる場合は25万円の手当が毎月支給されるので、生活には困らず研修に集中ができる。また、その前段階として、随時対応で1週間からの酪農体験も受け入れている。お試し的に参加することができるため、まずはここで自分の適性の確認やイメージの深堀りが可能だ。

 

実際に始めたものの、「イメージと違った」「想像以上に体力がキツかった」といった理由でミスマッチが起きてしまいやすい農業。このような自治体をはじめとした地域の取り組みを活用する等して、少しでも多くの方に素敵な農業ライフ・北海道ライフを送っていただきたい。

 

 

☆研修制度や酪農体験については、幌延町役場 産業振興課 農林グループまでお問合せください☆

 

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所在地(住所)

〒098-3207
北海道天塩郡幌延町宮園町1番地

会社名

幌延町役場
産業振興課 農林グループ

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